名古屋高等裁判所 平成12年(う)298号 判決
本件公訴事実の要旨は,被告人が,氏名不詳者2名と共謀の上,A(当時48歳)から金員を強取しようと企て,平成12年2月26日,愛知県海部郡七宝町所在の同町役場駐車場内において,Aに対し,氏名不詳者が羽交い締めにし,その腹部を手拳で殴打し,3人で駐車中の自動車内に押し込み,その手足をロープで縛るなどの暴行を加え,Aの反抗を抑圧して現金約212万円を強取した,というものであるところ,被告人は,同年3月11日に緊急逮捕された後,捜査及び原審公判を通じ,一貫して自己の犯行を認め,原審が公訴事実とほぼ同一の事実を認定して懲役4年(検察官の求刑は懲役5年)の判決を言い渡したのに対し,控訴を申し立てたが,当初は当審弁護人(国選)にも原判決の量刑の不当だけを訴えていたのに,同年10月2日,第1回公判開廷前の面接の際,弁護人に対し,本件はAによる「狂言強盗」である旨述べ,第2回(同月18日),第3回(同年11月15日)及び第5回(同年12月13日)の各公判期日において,同旨の供述をなし,第4回公判期日(同月6日)に証人として取り調べたAも,被告人の協力を得て「狂言強盗」を作出し,債権者らや捜査機関に対して虚偽の被害を述べたことに間違いない旨供述しているのである。
そこで,「狂言強盗」を訴える被告人の新たな供述(以下「被告人の新供述」という。)及びこれを肯定するAの当審での証言(以下「A証言」という。)の信用性について慎重に吟味すべきところ,被告人の新供述は,要するに,本件は事業の資金繰りに行き詰まったAが債権者であるBらの厳しい請求に対する弁解等のために作出した狂言強盗である,被告人は,A運転の自動車に同乗中,現場付近でAから狂言強盗への協力を求められてこれを引き受け,言われるままにAの両手足をロープで縛るなどした上,その指示に従って現場を離れ所在をくらましたが,健康状態が不良で逃亡生活を続けるのは困難と考えてAに連絡したところ,Aから警察への出頭を勧められ,裁判になれば減刑の嘆願書ぐらいは書いてやる旨言われて,将来それなりの面倒は見てもらえるものと期待して,警察官に逮捕されることとなった,捜査,公判では,Aとの打合せに基づき,元同僚のCの名前をC’某とし,同人やその仲間と一緒に3人で強盗を実行したが,奪取金はほとんど全部同人らに持ち逃げされてしまった旨虚構の事実を述べていた,原判決の刑が思ったより重く,算入された未決勾留日数も少なかったため,控訴を申し立てたが,その後,有利な情状を立証すべく作成して送付したAあての詫び状が転居先不明で戻ってきたことを弁護人から知らされ,Aに裏切られたと考えて真相を述べることにした,というものであって,関係証拠と比照して多角的に検討しても,明らかに虚偽と思われるものは発見できず,むしろ,それなりの真実性が窺われる上,A証言とは核心的な部分で整合しているから,Aの偽証を疑うべき具体的理由も見出せない以上,被告人の新供述の信用性はたやすく否定できないところといわなければならない。もっとも,被告人の新供述中,かかる重要なことを当審の公判審理開始直前に至って初めて言い出した理由についての説明は,直ちに十分納得できるものではないし,Aの企てた「狂言強盗」に関する打合せの具体的状況やこれに協力することによる被告人自身の利益等についての説明は,A証言と必ずしも符合していないのであるが,これらの点は,被告人の新供述の信用性を覆すに足りない。
翻って,これまでのAの供述や被告人の自白について検討してみるに,原判決の挙示するAの捜査官に対する供述は,自己の被害状況や奪われた現金の入手経緯(貸金の回収等),襲った3人の犯人像,その1人である被告人やC’某なる者との関係,事件後の被告人との連絡状況等について,それなりに具体的かつ詳細であって,前記入手経緯が未確認で,被害の目撃者も不在とはいえ,特に不自然視すべきものはなく,また,被告人の捜査及び原審公判の供述は,Aの右供述とおおむね整合していて,食違いがほとんど見当たらない上,現場にいたAから携帯電話で強盗被害を知らされて直ちに110番通報した旨のBの供述,現場に残されたロープ3本の存在,現場での実況見分の結果等によって一応裏付けられているのであるから,それぞれ措信するに足りるもののごとくである。しかし,これら従前のAと被告人の各供述は,被告人の新供述及びA証言を念頭に再検討するとき,必ずしも信用性が高いものとはいい難く,また,Bの供述等は,本件が「狂言強盗」であることと何ら矛盾しないのである。そして,これまで共犯者とされ,その実在だけが確認されていたC’ことCは,事件後の平成12年5月8日に病死していて,同人の供述を得ることができない状況であって,記録及び原審取調べの全証拠を子細に調査し,当審における事実取調べの結果を加えてみても,被告人の新供述等の信用性を否定し,合理的な疑いを残すことなく原判示強盗の事実を認定することは,到底困難といわなければならない。